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大阪地方裁判所 昭和35年(行)49号 判決

大阪市都島区高倉町一丁目一〇四番地

原告

馬場良之

右訴訟代理人弁護士

伊藤一雄

栗岡富士雄

大阪市東区大手前之町被告

大阪国税局長

塩崎潤

右指定代理人

樋口哲夫

風見渡吉郎

仲村清一

野村一夫

右当事者間の所得税課税処分取消請求事件について、当裁判所は昭和三九年六月一五日終結した口頭弁論にもとづき、次のとおり判決する。

主文

一、原告の請求を棄却する。

二、訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一、申立

(原告)

一、被告が原告に対し昭和三五年七月一八日なした原告の昭和三〇年ないし三三年度分所得税更正決定に対する審査決定はこれを取り消す。

二、訴訟費用は被告の負担とする。

との判決

(被告)

主文同旨の判決。

第二、請求原因

一、訴外北税務署長(以下税務署長という)は、昭和三四年一〇月二〇日原告に対し原告の所得には訴外株式会社橘屋(以下橘屋という)からの給与所得のほかに無申告の橘屋に対する原告名義の貸付金による利子収入があるとして、その合計額すなわち昭和三〇年度分三七八、一四〇円、同三一年度分四六八、四一七円、同三二年度分四九八、一七四円、同三三年度分四三八、二八四円を所得金額とする旨の所得税の決定をなして原告に通知したが、昭和三四年一一月九日原告に対し更に藤田幸一名義の橘屋に対する貸付金についての利子収入をも原告の所得であるとして前記決定を更正し、昭和三〇年度分所得金額八一二、五三〇円、所得税額金二二五、一二〇円、無申告加算税額六三、七五〇円、同三一年度分所得金額二、二二八、四一七円、所得税額九二二、三二〇円、無申告加算税額二三〇、五〇〇円、同三二年度所得金額二、八〇三、一七四円、所得税額九〇三、一八〇円、無申告加算税額二二五、七五〇円、同三三年度分所得金額三、一六一、六三四円、所得税額九三七、三四〇円、無申告加算税額二三四、二五〇円とする旨の更正決定をなし該決定の通知書は翌三四年一一用一〇日原告に送達された。

二、原告は右更正決定を不服として同月一九日税務署長に対して審査の請求をなしたところ、右請求は被告に対する審査請求とみなされ、被告は同三五年七月一八日附をもつて右請求を棄却する旨の決定をなし同月二〇日原告にその旨の通知が送達された。

三、しかし、原告には、前記被告の決定処分における所得金額以上の所得はなく、原告以外の何人の名義でも橘屋に貸付金を有し利息金を収受したことはないから、これがあるとする更正決定は違法な行政処分であつてこれを支持した本件審査決定も違法であるから、その取消しを求める。

四、被告の主張に対する原告の反ばく

原告が協和銀行百済支店に原告名義および架空の馬越名義で普通預金口座を開設したこと、原告の勤務先である橘屋の借入金の利息が小切手で右口座に振り込まれていたことは認める。しかし原告はただ橘屋の社長である訴外岡本敬之助や、井上金三郎取締役の指示にもとづいて右口座を開設したのであり、橘屋は右口座を利用してその橘屋振出の小切手を現金化し借入金の利息を貸主に支払つていたのであるから、原告は右口座の仮装名義人にすぎずもとより利子収入による所得税の納付義務を負担するものではない。したがつて税務署長の更正処分は所得税法三条の二に規定する実質課税の原則に違反して違法である。

第三、答弁

一、請求原因一、二の事実は認めるが、三の事実は争う。

二、原告は勤務先である橘屋に対し、本人名義あるいは松島政治郎、馬越登(後に藤田幸一と名義を変更)の名義で、自己の金員を貸付け利息を取得していたものである。しかして税務署長は、原告が別表の給与所得欄および原告名義の利子収入欄記載の各所得を有するものとして所得税の決定処分をしたが、その後右松島、馬越(藤田)名義の貸付金が存在し、原告はその貸主であつて別表の松島、馬越(藤田)名義の利子収入欄記載の所得を有することが判明したので更正したのである。

三、原告が橘屋から収受した馬越(藤田)、松島名義の利子収入は、原告本人名義の利子収入とともに原告名義あるいは馬越登名義の協和銀行百済支店普通預金口座に振り込まれており、右馬越は架空名義であつてその口座を開設し利用していたのは原告であるから、その収入は原告に帰属したものである。

第四、証拠

(原告)

甲第一ないし三号証の各一ないし四、四号証、五号証の一ないし三、六、七号証の各一と、二、八、九号証、一〇号証の一と、二、一一号証を提出し、証人中山孝夫、同寺沢清、同岸田敏子、同山口美代子、原告本人(一、二回)の各尋問を求め、乙一号証の一ないし三、三号証、四号証の一、二は不知その余の乙号各証の成立は認めるとのべた。

(被告)

乙一号証の一ないし三、二号証の一ないし四、三号証、四号証の一と、二、五号証の一ないし七、六号証を提出し、証人村上弘、同岡本敬之助、同森明美恵子、同石田良造の各尋問を求め、甲第四号証は官署作成部分の成立を認める、その余の部分の成立は不知、五、六号証(枝番とも)は不知、その余の甲号各証の成立は認めるとのべた。

理由

一、税務署長が原告主張の日その主張のような決定処分と、更正処分をなし、その主張の日右更正決定が原告に送達されたこと、原告がその主張の日右署長に対して再調査の請求をなしたこと、右請求は被告に対する審査請求とみなされ、被告が右請求を棄却する旨の決定をなし、その主張の日その旨の通知が原告に到達したことはいずれも当事者間に争いがない。また、右署長が更正した金額の内訳が別表記載のとおりであることについては、原告の明らかに争わないところであるから自白したものとみなす。

二、原告は、更正における所得金額中原決定金額との差額である別表の松島、馬越(藤田)名義の利子収入欄記載の各所得が原告に帰属することを争うので検討する。

馬越(藤田)、松島名義の貸付金の利息が、橘屋から協和銀行百済支店(以下百済支店という)の原告名義あるいは馬越名義の普通預金口座に小切手で振込まれたこと、馬越というのは架空名義であつて右口座を開設したのはいずれも原告であることは当事者間に争いがない。そうすると、一般に預金口座の入金はその口座の名義人または開設者の所得と解せられるから、特段の事情のない限り右利子取得は口座名義人あるいは口座開設者である原告に帰属するものと推定するのが相当である。

原告は、右預金口座は原告の勤務会社である橘屋の指示により開設したのであつて原告は仮装名義人にすぎず、橘屋が右口座の実質上の利用者であると主張する。証人岸田敏子の証言および原告本人尋問の結果(一回)中には右原告の主張に副うものがあるが、これは証人森明美恵子の証言により真正に成立したものと認められる乙四号証の一、二、証人森明美恵子、同岡本敬之助の各証言に照らしてたやすく信用できなく、他に原告の右主張事実を肯定するに足る証拠はない。

官署作成部分の成立については争いなく、その余の部分については原告本人尋問の結果(一回)により真正に成立したものと認める甲四号証、証人岡本敬之助の証言により真正に成立したものと認める乙三号証、成立に争いない乙五号証の一ないし七、証人村上弘、同中山孝夫、同岸田敏子、同岡本敬之助の各証言、原告本人尋問の結果(一回)を総合すると、橘屋は昭和三〇年頃から金融が逼迫してきたため、社長である訴外岡本敬之助は、原告に金員調達を依頼したこと、そこで原告は松島政治郎、馬越登から借りてきたものであるとして橘屋に金員を貸付け交付したこと、原告自から積極的に貸付金額の増額、返済期限の更新を橘屋に申し出たことがあること、右馬越登とは橘屋が帳簿上便宜的につけた架空名義であって、橘屋の会社更生事件申立の際原告からその事実の氏名は藤田幸一であって原告の同居人である旨の申出があったこと、右松島、藤田なる人物についてはその住所、年令、職業、肉体的外形的な特色について知っているものがないこと橘屋が会社更生事件の申立をした昭和三四年一月頃から主たる債権者が橘屋に押しかけたが、右松島、藤田からは橘屋および原告に何らの申出、抗議面会等もなかったこと、その頃右岡本が原告にその住所を問いただしたが引き合わせる必要がないといつて、その住所を教えなかつたこと、会社更生事件において松島名義の借入金二五万円、馬越名義の借入金四六〇万円については、債権者から更生手続上の届出がなかったこと、右松島、藤田名義の貸付金に対する利息は年六割であったこと、右利息の収受、手形の書換えはすべて原告一人が行ない、橘屋振出の手形が期限の相当前から原告の保管するところとなっていたこと等の事実を認めることができる。そして右認定の事実と原告側の松島、藤田なる人物についての具体的立証に対する態度とを合せて考えると、松島藤田は原告の仮空名義にすきないことを推認させるに充分である。証人山口美代子、同岸田敏子の各証言も未だ右認定を覆すに足りない。してみれば、松島、馬越(藤田)、名義の利子収入は前述のごとく普通預金口座に小切手で振り込まれたと否とを問わず、原告に帰属するものといわなければならない。そして、松島名義の利子収入による金額については、原告において明らかに争わないから自白したものとみなし、馬越名義の利子収入による金額については、口頭弁論の全趣旨から争うものと認められるので判断する。

証人寺沢清の証言により真正に成立したものと認められる甲第五号証の一ないし三、成立に争いない乙二号証の一ないし四、および前掲乙四号証の一、二、五号証の一ないし七によると、昭和三〇年ないし三三年度分の原告の藤田名義の利子収入による金額は、別表の馬越(藤田)名義の利子収入欄記載のとおりであることを認めることができ、他に右認定に反する証拠はない。

三、以上のとおり、本件更正決定に違法の点はなく、これを支持した被告の審査決定は適法であって、原告の請求は理由がない。

よって訴訟費用の負担につき民訴八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 前田覚郎 裁判官 野田殷稔 裁判官 白井喜)

別表

〈省略〉

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